「獅子舞に頭を噛まれる」が噛まれる界のトップだとすれば、「お風呂のイスにおしりを噛まれる」はどの辺りに位置するのだろうか。
何を隠そう、私は噛まれた側の人間だ。
獅子舞ではなく、イスのほうなのが残念だが事実である。
人に言わないほうがいい話なのかもしれない。と思いつつ、優しいお友達に打ち明けたことがあるが、返す言葉を選ぶのに苦労させた覚えがある。
彼女には悪いことをしてしまった。
それにしても、入浴時になぜ突然痛みが走るのかわからなかった。変な座りかたをしていたのかな?くらいに思っていた。
突然やってくる痛みにビクビクしながらお風呂に入る私。
イスにヒビが入っていることに気がついたのは、しばらく経ってからだった。
イスが私を噛んでいたのだ。許せない。
「お風呂のイスにずっとおしり噛まれてたわ。さっき気がついた。みんなも噛まれてたやろ?痛いよなー」と私。
「ぼく噛まれてへんで」と息子。
「ぼくも噛まれてへん」と夫。
誰も噛まれてはいなかった。
そして妙な空気が流れる。
あなたひとり噛まれてお気の毒ね的な空気だ。
「うそやん、ほんまは噛まれてたよな?」と私。食い下がる。そうであって欲しかった。
「噛まれてへんで」と2人。
イスめ、許さない。私はすぐに新品に取り替えた。
子どもの頃、年が明けてしばらくすると、家に獅子舞がやってきた。
ピーヒャラピーヒャラ笛を吹く人、獅子舞を踊る人(頭係と胴体係)がいて、玄関でしばらく踊った後、必ず祖母の頭を噛んだ。
祖母は獅子舞に噛んでもらいたい人だった。
噛んでもらうと学力の向上や無病息災、健やかな成長に繋がると言われているが、祖母に効き目があったかは聞いたことがないのでわからない。聞けばよかったな。
私は「噛んでもらい」と毎年言われたが、毎年断った。獅子舞の顔が怖すぎて。
でも、今となっては噛んでもらっておけば良かったと思う。
噛まれる界のトップの獅子舞に噛んでもらった自分なら、ひとりだけイスに噛まれようともへっちゃらに違いない。