脱力生活くらぶ

50代専業主婦 ゆるく生きてゆく

時々は、ビデオ通話にしたほうがいいみたい

先日、息子とビデオ通話をしていた時、息子のもみあげの長さが、左右でかなり違っていることに気がつきました。

小さなスマホの画面でも、気づくほどの違和感。

左右で3センチは違っており、右だけ長く、裾広がりの形をしておりました。

キテレツ過ぎるスタイルに震える夫と私。

もちろん、人間が美しいと思う感覚は、ひと通りではないことは理解している。

人工的に手を加え、左右対称に作る西洋庭園に対し、あえて左右対称を崩し、自然に近づけた日本庭園のような左右非対称の美。

髪型や衣服を左右非対称にして、モダンな雰囲気を出す、なんてこともあるのだから、そう考えれば左右非対称もアリなのかもしれない。

でも、もみあげはどうだろう?

私は涙が出るほど笑ったけれど、本人は全く気にしていなかった。

「大丈夫やって。真正面から人の顔見ることなんてないねんから、気付かへんて」と息子は言う。

そんなわけない。正面からも見るわ。100%見る。

それに、気がつかないならいいのか?って問題もあるわ。

そう思ったので、「お友達には何も言われへんの?」と尋ねてみたが、一度も指摘されたことないと言う。奇跡よね。

片方だけ、尾崎紀世彦モデルのもみあげ。その素質は認めたい。

誰も彼もが出来る型ではないからね。毛量も必要なわけだし。

でもどうせ、鏡も見ずにカンで髭剃りをして、偶然出来上がった紀世彦だろう。

母にはわかる。長い付き合いだから。

「眉毛だけは繋がらんように注意してるねんけどなー」と息子。呑気なものである。

そんなテキトーな息子に、「いい?眉毛と同じくらい、もみあげも大事なんやで」と静かに説いた秋の日。

大学生の息子に、もみあげの大切さを伝える母など、日本広しといえど私くらいのものではなかろうか。

(ちなみに、夫は両もみあげが白髪の、北大路欣也モデル。これって遺伝よね)

息子、一人でわちゃわちゃ暮らしてるんだろうなぁ。

授業にレポート、バイトに家事と忙しいだろうし。

この間も、床にトイレットペーパーの芯が転がったままだった。

「芯、ほかし」って私が言うと、「明日ほかすわ」って言ってたな。

何で、今じゃなくて明日なのか謎だった。

でも、そんなのは小さなことだ。言い出したらキリがないもんね。

風邪ひいてないかしら?ごはんはちゃんと食べてるかしら?野菜も取れてるかしら?

心配事もキリがない。一人暮らしさせるのも忍耐だわ…。

夫は違います。大変だろうけど、息子は今、いい経験をしてるんだと言います。

お金が足りない、美味しいものが足りない、いろんな「足りない」を経験している時なんだと。そういう時期があったほうがいいし、そういう足りない時期があって初めて、手に入れる喜びがあるんだと。

あぁ、父だね。昭和の父だ。

私は、ただただ心配ばかり…。