「お米がなければ、うどんを食べればいいじゃない」空っぽのお米売り場を見る度、マリーアントワネットの言葉を思い出します。言ってませんか?
「お米がないわよねぇ。あってもアホほど高いわよねぇ」と、普段一人暮らしをしている帰省中の息子と、主婦の会話が出来るようになった。
「母ちゃんは、ほんまにすごいと思うわ」と、息子が私に言う。1日3食作ることらしい。
自分は同じものばっかり作って食べていて、長期休暇は大学の食堂もお休みなので3食自炊しているが、それがとても大変なんだと。
可哀想で泣けるけれど、泣いていてもつまらないので、念のため聞いておきます。「どれくらいすごい?」ってね。
すると、息子はしばらく考えた後、「ひよこのオスとメスを見分ける人くらいすごい」と返してきた。
ただの主婦の私が、そんな特殊技術を持った人と同じくらいすごいのか。光栄である。
ほんの一瞬、ひよこのお尻を見ただけで判別してしまう神業。突然、それはひよこのお尻だけなのか?という疑問が湧いてくる。
「人間のお尻を見ても、男か女か判別出来ると思う?」と念のため聞いておく。
すると、しばらく考えた後、「人間はお尻を見んでも、顔をみたらわかるんちゃう?」と息子が言う。
…確かに。わーはっは。私はちょっとだけ息子を尊敬した。
また別の日、息子はTシャツを畳んでおりました。よく見ると、2枚畳み方が違う。
違う日に畳んだわけでもなく、極端に大きさが違うわけでもない。全く同じTシャツの色違いだというのに畳み方が違う。畳み方が違うから、当然仕上がりのサイズも違う。
「えー、何これー!」と驚く私に、息子は涼しい顔で言いました。
「ぼくの家には、Aという畳み方も、Bという畳み方も、Cという畳み方も、Dという畳み方もあるで」ってね。
その日の熱量で(何の?)、畳み方が変わるのだそう。芸術家か。パッションってやつか。
人それぞれの家事があるものですね。そっとしておきました。
めちゃくちゃではあっても、自分で家事を全部やっているのだから、充分立派だと思うのです。卵や豆腐の値段もバッチリ頭に入っているし、スーパーの特売日も知っている。
「何もしなくても、ごはんが出てくるなんて幸せ」と言う息子が可哀想で泣けるけれど、泣いていてもつまらないので、私はまた「どれくらい?」と聞くのです。
家に帰っている1週間、たくさんごはんを作って食べさせようと思う。